大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成9年(行ウ)72号 判決

原告

上原正年

外三名

右四名訴訟代理人弁護士

坂井興一

山口泉

被告

蒲田税務署長

阿部公雄

右指定代理人

森悦子

外四名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  原告らの請求

被告が原告らに対し平成七年一二月二六日付けでした原告らの平成六年分の所得税の各更正処分をいずれも取り消す。

第二  事案の概要

本件は、分譲マンションを購入した原告らが、その平成六年分の所得税について、租税特別措置法(以下「法」という。)四一条(ただし、平成七年法律第五五号による改正前のもの。以下同じ。)による住宅の取得等をした場合の所得税額の特別控除(以下「住宅取得控除」という。)の適用があるものと考え、その適用を前提に納付すべき税額を計算してそれぞれ確定申告を行ったところ、被告が、原告らの区分所有する部分の床面積が住宅所得控除の適用対象となる家屋の最低床面積に達していないことを理由として、右控除の適用を否定し、原告らに対してそれぞれ更正処分を行ったため、原告らがこれを不服として右各更正処分の取消を求めている事案である。

一  関係法令の定め

1  住宅所得控除の制度

法四一条一項は、居住者が、国内において、住宅の用に供する家屋で政令で定めるもの(以下「居住用家屋」という。)の新築若しくは居住用家屋で建築後使用されたことのないもの若しくは建築後使用されたことのある家屋で政令で定めるものの取得(配偶者その他その者と特別の関係がある者からの取得で政令で定めるもの及び贈与によるものを除く。)又はその者の居住の用に供している家屋で政令で定めるものの増改築等をして、これらの家屋(増改築等をした家屋については当該増改築等に係る部分)を昭和六一年一月一日から平成六年一二月三一日までの間にその者の居住の用に供した場合(これらの家屋をその新築の日若しくはその取得の日又は増改築等の日から六か月以内にその者の居住の用に供した場合に限る。)において、その者が当該住宅の取得等に係る同項各号所定の借入金又は債務の金額を有するときは、当該居住の用に供した日の属する年以後六年間の各年のうち、その者のその年分の所得税に係るその年の所得税法二条一項三〇号の合計所得金額が三〇〇〇万円以下である年については、その年分の所得税の額から、法四一条二項及び三項所定の住宅取得控除額を控除する旨規定している。

2  居住用家屋の要件

法施行令二六条一項は、法四一条一項の規定を受けて、住宅取得控除の適用対象となる居住用家屋は、個人がその居住の用に供する次に掲げる家屋(その家屋の床面積の二分の一以上に相当する部分が専ら当該居住の用に供されるものに限る。)とし、その者がその居住の用に供する家屋を二以上有する場合には、これらの家屋のうち、その者が主としてその居住の用に供すると認められる一の家屋に限るものとする旨規定している。

(一) 一棟の家屋で床面積が二四〇平方メートル以下で、かつ、五〇平方メートル以上であるもの(一号)

(二) 一棟の家屋で、その構造上区分された数個の部分を独立して住居その他の用途で供することができるものにつきその各部分を区分所有する場合には、その者の区分所有する部分の床面積が二四〇平方メートル以下で、かつ、五〇平方メートル以上であるもの(二号)

3  居住用家屋の最低床面積に関する規定の改正と経過措置

平成五年政令第八七号(平成五年四月一日施行。以下「本件改正令」という。)による改正前の法施行令二六条一項においては、住宅取得控除の適用対象となる居住用家屋の最低床面積は四〇平方メートルとされていたところ、本件改正令は、右最低床面積を五〇平方メートルに改正し、附則七条二項において、右改正に伴う経過措置を定め、居住者が、平成五年三月三一日までに居住用家屋の取得等に係る契約を締結している場合において、右居住用家屋を本件改正令の施行日である同年四月一日から同年一二月三一日までの間に一定の要件に基づき、その者の居住の用に供したときは、住宅取得控除の適用対象となる居住用家屋の最低床面積の要件を、改正後の五〇平方メートルではなく、改正前の四〇平方メートルとすることとしている(以下、この経過措置を「本件経過措置」という。)。

二  前提となる事実

1  原告らの家屋取得状況(争いのない事実)

原告らは、それぞれ、東京都大田区南六郷〈番地略〉に所在する新築の分譲マンション(以下「本件マンション」という。)の一室である各肩書住所の区分所有建物(以下「本件各建物」という。)を購入し、ここに居住しているところ、各原告の右建物に係る売買契約締結日、入居日及び登記簿上の専有部分の床面積は、次のとおりである。なお、本件各建物については、平成六年二月一四日に新築された旨の登記がされている。

(一) 原告上原正年

(1) 売買契約締結日 平成四年一二月一八日

(2) 入居日 平成六年二月一七日

(3) 専有部分の床面積47.41平方メートル

(二) 原告佐野淳一

(1) 売買契約締結日 平成五年四月一八日

(2) 入居日 平成六年二月一三日

(3) 専有部分の床面積 47.45平方メートル

(三) 原告鈴木一良

(1) 売買契約締結日 平成四年一二月一八日

(2) 入居日 平成六年二月一三日

(3) 専有部分の床面積 47.41平方メートル

(四) 原告福島武治

(1) 売買契約締結日 平成五年二月八日

(2) 入居日 平成六年二月二七日

(3) 専有部分の床面積47.45平方メートル

2  課税処分等の経緯(争いのない事実)

原告らの平成六年分の所得税の確定申告及びこれに対する更正処分等の経緯は、別表一ないし四記載のとおりである。

すなわち、原告らは、平成七年三月二日から同月一六日までの間に、被告に対し、各自の平成六年分の所得税について確定申告をした。右確定申告においては、本件各建物の取得について、住宅取得除の適用があるものとして納付すべき税額が計算されていたが、被告は、右控除の適用はないものと判断し、同年一二月二六日付けで、原告らに対しそれぞれ更正処分(以下「本件各更正処分」という。)をした。原告らは、平成八年二月二三日、本件各更正処分を不服として、被告に対し異議申立てをしたが、被告は、同年五月二三日付けで、右各異議申立てを棄却する旨の決定をした。さらに、原告らは、同年六月二四日、本件各更正処分を不服として、国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、同所長は、同年一二月一八日付けで、右各審査請求を棄却する旨の裁決をした。

3  原告らの納付すべき税額

(一) 本件各更正処分における原告らの納付すべき税額の計算根拠は次のとおりである。なお、次のうち、特別減税額は、平成六年分所得税の特別減税のための臨時措置法四条により、原告ら各自の課税される所得に対する税額に一〇〇分の二〇を乗じて計算した金額である。また、納付すべき税額は、国税通則法一一九条一項により一〇〇円未満の金額を切り捨てたものである。

(1) 原告上原正年

ア 総所得金額六二九万〇九五〇円

イ 課税される所得に対する税額

四五万五〇〇〇円

ウ 特別減税額 九万一〇〇〇円

エ 源泉徴収税額三六万四〇〇〇円

オ 納付すべき税額 〇円

(2) 原告佐野淳一郎

ア 総所得金額二六二万一八〇〇円

イ 課税される所得に対する税額

三万七一〇〇円

ウ 特別減税額 七四二〇円

エ 源泉徴収税額 二万九六〇〇円

オ 納付すべき税額 〇円

(3) 原告鈴木一良

ア 総所得金額七七六万〇八二七円

イ 課税される所得に対する税額

七八万三八〇〇円

ウ 特別減税額 一五万六七六〇円

エ 源泉徴収税額六二万七〇〇〇円

オ 納付すべき税額 〇円

(4) 原告福島武治

ア 総所得金額三五〇万八九八七円

イ 課税される所得に対する税額

一〇万一一〇〇円

ウ 特別減税額 二万〇二二〇円

エ 源泉徴収税額 六万三九〇〇円

オ 納付すべき税額一万六九〇〇円

(二) 原告らは、後記のとおり、原告らの平成六年分の所得税について住宅取得控除の適用がある旨主張しているが、右控除の適用がない場合には、その納付すべき税額の計算が右(一)のとおりとなることは、当事者間に争いがない。

三  争点及び争点に関する当事者の主張

本件の争点は、本件各建物が住宅取得控除の適用対象となるか否かであり、具体的には、①法施行令二六条一項二号が定める住宅取得控除の適用対象となる区分所有建物の床面積の算定方法、すなわち、右床面積の算定を、壁その他の区画の内側線で囲まれた部分の水平投影面積により計算する方法(以下「内法計算法」という。)によって行うべきか、それとも壁その他の区画の中心線で囲まれた部分の水平投影面積により計算する方法(以下「壁心計算法」という。)によって行うべきか、②本件改正令による住宅取得控除の適用対象となる居住用家屋の最低床面積に関する規定の改正及び本件経過措置が憲法一四条、三〇条、八四条に違反するものかどうか、平成五年三月三一日以前に建物の売買契約を締結した者について、当該契約の約定等からみて特に当該建物への入居を遅らせたなどの事情がない場合に、本件改正令による改正前の法施行令二六条一項を適用する余地があるかが問題となる。

右争点に関する当事者の主張は、次のとおりである。

(被告の主張)

1 法施行令二六条一項二号は、住宅取得控除の適用対象となる区分所有建物の床面積について、二四〇平方メートル以下で、かつ、五〇平方メートル以上のものと規定しているところ、この場合の床面積は、建物の区分所有等に関する法律(以下「建物区分所有法」という。)二条三項に規定する専有部分の床面積をいうものであり、これは、登記簿上表示される壁その他の区画の内側線で囲まれた部分の水平投影面積によって計算されるべきものである(法通達四一―六・区分所有する部分の床面積、不動産登記法施行令八条)。

建物区分所有法二条三項の専有部分の床面積を、壁その他の区画の内側線で囲まれた部分と解するのは、仮に壁の厚さの中心線をもって専有部分間の境界とした場合には、壁内を走る配管類についてもその帰属が争われることとなり、それらの管理につき、区分所有者の善意と公共心だけを頼りとせざるを得なくなって、建物全体の維持管理の上で種々の不都合が生じるとの理由によるものである。

2 本件各建物は、いずれも区分所有建物であり、かつ、その床面積が五〇平方メートル未満であって、本件経過措置の定める期間内に原告らの居住の用に供されていないことから、被告は、本件各建物が住宅取得控除の適用対象とならないものと認め、本件各更正処分を行ったものであり、本件各更正処分は適法である。

本件改正令による住宅取得控除の適用対象となる居住用家屋の最低床面積に関する規定の改正及び本件経過措置が憲法一四条、三〇条、八四条に違反するなどの原告らの主張は、いずれも理由がないものである。

(原告らの主張)

1 区分所有建物の床面積の算定について

(一) 法施行令二六条一項二号の定める住宅取得控除の適用対象となる区分所有建物の床面積の算定は、次の点にかんがみ、壁心計算法により行うべきである。

(1) 建築基準法上は、区分所有建物の床面積は壁心計算法により計算され、マンションの販売に際して手交される重要事項説明書、パンフレットに記載されたその面積も壁心計算法により計算されており、床面積を表す場合には一棟の建物、区分所有建物を問わず壁心計算法によるのが一般の慣行であること。

(2) 登記簿上の内法計算法による床面積は、建物が完成し実際に土地家屋調査士が計測をして初めて計算できるものであるが、新築マンションの分譲が建物完成前に行われることから、床面積の計算を内法計算法により行うものとすると、購入時に当該区分所有建物が住宅取得控除の適用対象となるか否かが確定的に判断できないという不都合が生じること。

(3) 税法上の制度の適用対象となるか否かを判断する場合の基準となる床面積を計算するに当たって、被告の主張するような壁内の配管の帰属等の区分所有者相互の民事上の問題、区分所有建物の管理上の問題を考慮する必要はなく、むしろ一般国民の認識、慣行、区分所有建物でない通常の建物と基準を同一にすることによる分かりやすさなどを重視して、その計算方法を決するのが相当であること。

(二) そして、本件各建物の壁心計算法による床面積は、いずれも50.32平方メートルであって、法施行令二六条一項二号の定める床面積の要件を満たしているから、本件各建物は住宅取得控除の適用対象となるものである。

2 住宅取得控除の制度改正の違憲性等について

(一) 本件マンションのような新築マンションについては売主(分譲業者)が建築確認取得後、建物建築がなされる前に顧客に販売することが広く行われており、このことは周知の事実である。本件マンションにおいても、売主である相互開発事業協同組合は、平成四年一一月二日に建築確認を得た後に販売を開始し、原告上原正年、原告鈴木一良は、建築工事着工前の同年一二月一八日に売買契約を締結しており、原告福島武治も建築着工後間もない平成五年二月八日に売買契約を締結している(以下、原告佐野淳一を除く右の原告らを「原告三名」という。)。

また、マンション建築の工期については、通常、階数一階を一か月としてこれに三か月を加えた期間を要するものとされている。本件マンションは一一階建てであるので、建築工事に一四か月を要するのが通常ということになる。本件マンションは、建築工事請負契約において、平成五年二月一日着工、平成六年三月一五日完成とされており、工期は約一四か月であり、工期が特に長いというものではない。実際には、本件マンションは同年二月に竣工しており、約定工期よりも短期間に完成し、買主の入居が開始されている。

(二) 原告三名が本件各建物を購入する契約を締結した時点では、住宅取得控除の適用対象となる建物の最低床面積は四〇平方メートルであり、原告三名もこの控除が受けられるものと当然考え資金計画などを立てていた。住宅取得控除の制度は、広く知られており、国民にとってはこの制度の適用を受けることはいわば権利となっているものであり、国がこれを恣意的に与えたり奪ったりできるものではない。

ところが、原告三名にとっては、売買契約締結後、制度が不利益に改正され、住宅取得控除の適用を受けることができなくなってしまったのである。本件経過措置の適用を受けるためには、平成五年一二月三一日までに居住を開始することが要件となっているが、本件マンションの工期が平成六年三月であり、売買契約の約定では入居開始は同月下旬以降とされていたのであって、原告三名が平成五年一二月三一日までに本件マンションに入居することは不可能であった。

(三) このようにして、原告三名にとっては、売買契約締結後、税制が不利に改正され、受けられるはずの住宅取得控除が受けられなくなったものである。これは、税法の納税者に不利益な改正を過去に遡及して適用するものと同一であり、憲法三〇条、八四条に由来する租税法律主義の原則が要請する租税法の不遡及の原則に反するものである。また、本件経過措置が不合理であることとあいまって、等しく平成五年三月三一日以前に床面積が四〇平方メートル以上五〇平方メートル未満の居住用家屋について契約を締結しながら、平成五年一二月三一日までにたまたま引渡日が来て入居できた者と、特に入居を遅らせたとの事情もないのに、引渡日が平成六年一月以降になった者との間で住宅取得控除の適用の有無が生じるという不平等な事態が生じるのであって、このような不平等な取扱いは、憲法一四条に違反するものである。

(四) かかる趣旨により、原告三名に対する関係では、住宅取得控除の適用対象となる居住用家屋の最低床面積を四〇平方メートルから五〇平方メートルに引き上げる規定は、無効というべきか、又はその適用を否定すべきものであり、したがって、右最低床面積はなお従前どおり四〇平方メートルとなる。

そうでないとしても、前述したような点を考慮すれば、原告三名のように平成五年三月三一日以前に契約を締結していた者については、その契約の約定等からみて特に入居を遅らせたなどの事情がない場合には、従前の規定を適用し、住宅取得控除を認めるのが相当である。

3 以上のとおり、原告らの平成六年分の所得税については住宅取得控除の適用があるというべきであるから、これを認めなかった本件各更正処分は違法な処分として取り消されるべきである。

第三  当裁判所の判断

一  法施行令二六条一項二号の区分所有建物の床面積の算定方法について

1  前記第二の一2記載のとおり、法施行令二六条一項二号によれば、居住の用に供する区分所有建物が住宅取得控除の適用対象となるためには、その者の区分所有する部分の床面積が二四〇平方メートル以下で、かつ、五〇平方メートル以上であることを要するものである。

右の床面積の算定をどのような方法で行うべきかについては、法施行令及びその関係法規に特段の規定はおかれていないが、課税実務においては、登記簿上表示される壁その他の区画の内側線で囲まれた部分の水平投影面積によりこれを算定することとされており(法通達四一―六)、内法計算法が採用されている(この事実は、弁論の全趣旨により認められる)。

被告は、法施行令二六条一項二号の区分所有建物の床面積の算定方法に関する右の課税実務の取扱いに従って本件各建物が住宅取得控除の適用対象となる居住用家屋に該当しないものと判断し、本件各更正処分を行ったものであるから、本件各更正処分の適否を判断するに当たっては、まず、右の課税実務の取扱いの適否が問題となるので、以下これを検討する。

2  法施行令二六条一項二号にいう「区分所有する部分の床面積」とは、その規定の文言等に照らし、建物区分所有法による区分所有権の目的たる建物の部分の床面積、すなわち、区分所有建物の専有部分の床面積をいうものと解されるところ(同法二条一項、三項参照)、同法四条一項によれば、数個の専有部分に通ずる廊下又は階段室その他構造上区分所有者の全員又はその一部の共用に供されるべき建物の部分(以下「共用部分」という。)は、区分所有権の目的とならないものとされているので、区分所有建物の専有部分の床面積をどのような方法で算定すべきかについては、区分所有建物相互間の境界壁その他の境界部分の所有関係をどのように理解するかによって考え方が異なってくるものである。

この点に関しては、境界壁その他の境界部分の中心線までが専有部分に含まれると解する考え方があるが、このように解すると、建物区分所有法六条一項の制約があるとはいえ、境界壁の中心線まで各区分所有者による変更行為を認めることになり、建物全体の維持管理上支障が生ずることを避け難く、他方、境界壁その他の境界部分をすべて共用部分と解すると、区分所有者がその区分所有建物の内装工事を自由に行うことをも否定しなければならず、区分所有建物の利用の実情に合致しないことになる。

このような点にかんがみると、区分所有建物相互間の境界壁その他の境界部分の所有関係については、境界壁その他の境界部分のうち、その上塗り部分ないし表面の被覆部分は専有部分に含まれるが、その余の部分は共用部分になると解するのが、区分所有建物の維持管理上支障がなく、かつ、区分所有建物の利用の実情にもかなうものとして最も合理的なものと考えられる。

3  ところで、不動産登記法施行令八条は、建物の床面積は、一棟の建物を区分した建物を除き、各階ごとに壁その他の区画の中心線で囲まれた部分の水平投影面積により、一棟の建物を区分した建物の床面積については、壁その他の区画の内側線で囲まれた部分の水平投影面積による旨規定しており、不動産登記上、区分所有建物の専有部分の床面積は、内法計算法によって算定することが明らかにされている。

前示のとおり、区分所有建物相互間の境界壁その他の境界部分の上塗り部分ないし被覆部分は、専有部分に含まれると解すべきであるが、右部分の厚さは、通常、床面積の計算上、無視しても差し支えない程度のものであり、かえって、右部分まで含めて床面積を算定することには技術的困難を伴うことを考えると、不動産登記において採用されている内法計算法は、区分所有建物の専有部分の床面積の算定方法として合理的なものということができる。

4  原告らは、税法上の制度の適用対象となるか否かを判断する場合の基準となる床面積を計算するに当たって、区分所有者相互の民事上の問題、区分所有建物の管理上の問題を考慮する必要はなく、むしろ一般国民の認識、慣行、区分所有建物でない通常の建物と基準を同一にすることによる分かりやすさなどを重視してその計算方法を決するのが相当であるなどとして、法施行令二六条一項二号の区分所有建物の床面積の算定は、壁心計算法により行うべきである旨主張する。

しかしながら、区分所有建物相互間の境界壁その他の境界部分はその上塗り部分ないし被覆部分を除き共用部分になると解すべきことは前示のとおりであり、区分所有建物の床面積を壁心計算法によって算定した場合には、本来、その専有部分に含まれない部分まで床面積として算入してしまうことになるから、法施行令二六条一項二号の区分所有建物の床面積の算定方法として壁心計算法は採り得ないというべきである。また、原告らが、右床面積の算定を壁心計算法により行うべきであると主張する根拠については、次のとおり、いずれも理由がないものである。

すなわち、原告らは、建築基準法上、区分所有建物の床面積は壁心計算法により計算されており(建築基準法施行令二条一項三号は、床面積は建築物の各階又はその一部で壁その他の区画の中心線で囲まれた部分の水平投影面積による旨規定している。)、床面積を表す場合には一棟の建物、区分所有建物を問わず壁心計算法によるのが一般の慣行である旨主張する。しかしながら、建築基準法及びその関係法規は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関して守られるべき最低の基準を定めるための法規であり、境界壁その他の境界部分の所有関係など区分所有権の範囲を規律することを念頭においたものではないから、建築基準法施行令二条一項三号が床面積の算定方法として壁心計算法をとっているからといって、区分所有建物の専有部分の床面積の算定を壁心計算法により行うべきであるということはできない。また、前示のとおり、不動産登記上は、内法計算法により区分所有建物の床面積の算定が行われているのであって、この事実をみただけでも、建物の取引全般を通じて、床面積を表す場合に一棟の建物、区分所有建物を問わず壁心計算法によるのが一般の慣行になっているとは認め難い。

さらに、原告らは、内法計算法による床面積は、建物が完成後に初めて計算できるものであり、新築マンションの分譲が建物完成前に行われることから、床面積の計算を内法計算法により行うものとすると、購入時に当該区分所有建物が住宅取得控除の適用対象となるか否かが確定的に判断できないという不都合が生じる旨主張するが、マンションの完成前であっても、その設計図面等から内法計算法によるおおよその床面積を知ることは可能と認められるのであって、原告らの指摘する不都合は、法施行令二六条一項二号の解釈、運用を考える上で特段の配慮を要すべきものとは認められない。

5  以上のとおり、内法計算法は、区分所有建物の専有部分の床面積の算定方法として合理的なものであり、不動産登記においても区分所有建物の床面積の算定方法として内法計算法が採用されていることにかんがみれば、課税実務において、法施行令二六条一項二号の区分所有建物の床面積を内法計算法によって算定することとしているのは、右規定の解釈、運用として妥当なものというべきである。

二  本件改正令による居住用家屋の最低床面積に関する規定の改正の違憲性等について

1(一)  本件改正令による居住用家屋の最低床面積に関する規定の改正及びこれに伴う本件経過措置の内容については、前記第二の一3記載のとおりであるが、原告三名は、同原告らにとっては、その各建物について売買契約締結後、住宅取得控除の制度が不利に改正され、右控除が受けられなくなったものであり、右の改正は、憲法三〇条、八四条に由来する租税法律主義の原則が要請する租税法の不遡及の原則に反するものである旨、また、本件経過措置を含め右改正規定の適用時期に関する定めは、等しく平成五年三月三一日以前に床面積が四〇平方メートル以上五〇平方メートル未満の居住用家屋について契約を締結しながら、同年一二月三一日までに入居できた者と、特に入居を遅らせたとの事情もないのに、引渡日が平成六年一月以降になった者との間で住宅取得控除の適用に関し不平等な取扱いをするもので、憲法一四条に違反する旨主張する。

(二)  しかしながら、原告三名の右憲法違反の主張はいずれも採用することができない。その理由は次のとおりである。

すなわち、租税は、国家の財政需要を充足するという本来の機能に加えて、所得の再分配、資源の適正配分、景気の調整等の諸機能をも有しており、国民の租税負担を定めるに当たっては、財政・経済・社会政策等の国政全般からの総合的な政策判断を必要とするばかりでなく、課税要件を定めるについても極めて専門技術的な判断を必要とするものである。それゆえ、租税法の定立については、国家財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的、技術的な判断にゆだねざるを得ないものであり、住宅取得控除のような住宅取得者に対する税制上の優遇措置を設けるかどうか、設ける場合にその制度内容をどのようなものにするかについても、立法府は広範な裁量権を有しているというべきである。そして、法四一条一項は、住宅取得控除の適用対象となる居住用家屋の要件の決定を政令に委任しているところ、右のような租税の機能及び性質にかんがみれば、法は、右居住用家屋の要件については、法による委任の趣旨に反しない範囲で、行政府が政策的、専門技術的な判断に基づき、その裁量によりこれを決定することを許容していると解するのが相当である。

本件改正令は、法による委任に基づき行政府がその裁量に基づき制定したものであり、平成五年三月三一日に公布され、同年四月一日から施行されたものであるが、同政令附則七条一項により、同政令による改正後の法施行令二六条一項の規定は、居住者が右施行日以後に居住用家屋をその者の居住の用に供した場合について適用し、居住者が右施行日前に居住用家屋をその者の居住の用に供した場合については、従前の例によることとされているのであるから、本件改正令による居住用家屋の最低床面積に関する規定の改正が、その施行日よりも前に遡って当該法令の規定を適用する、いわゆる遡及立法でないことは明らかである。

また、本件経過措置によれば、等しく平成五年三月三一日以前に床面積が四〇平方メートル以上五〇平方メートル未満の居住用家屋について契約を締結しながら、引渡日ないし入居日の違いにより、右改正後の法施行令二六条一項の規定の適用を受ける者と適用を受けない者とが生じるが、法令の改正に伴いその適用に関し右のような取扱い上の差異が生ずることはやむを得ないことであり、これをもって不合理な差別ということはできず、右改正規定の適用の時期に関する定めが憲法一四条に違反するということは到底できない。

前示の観点からみれば、本件改正令による住宅取得控除の適用対象となる居住用家屋の最低床面積に関する規定の改正及び本件経過措置が憲法一四条、三〇条、八四条に違反するとの原告三名の主張は、結局のところ、行政府がその政策的、専門技術的判断に基づく裁量権の範囲内で決定した事柄について、その判断の当否を問題としているものにすぎず、右改正及び本件経過措置に原告三名の主張するような憲法違反の問題が生ずる余地はないというべきである。

2  原告三名は、平成五年三月三一日以前に建物の売買契約を締結した者について、当該契約の約定等からみて特に当該建物への入居を遅らせたなどの事情がない場合には、本件改正令による改正前の法施行令二六条一項を適用するのが相当である旨主張するが、原告三名が前記第二の三(原告らの主張)2において主張するような諸事情があるからといって、同原告らについて改正前の法施行令二六条一項を適用する理由にはならないというべきである。

原告三名の右主張は、失当である。

三  そうすると、本件改正令が施行された後に売買契約を締結した原告佐野淳一はもとより、平成五年三月三一日までに売買契約を締結したが同年一二月三一日までに当該各建物を居住の用に供しなかった原告三名についても本件経過措置の適用はないことになるから、原告らが住宅取得控除の適用を受けるためには、その居住用家屋の床面積は五〇平方メートル以上であることを要するところ、本件各建物の登記簿に表示された内法計算法による専有部分の床面積は、前記第二の二1記載のとおり、いずれも五〇平方メートル未満であるから、被告が、本件各建物が住宅取得控除の適用対象とならないものと判断して行った本件各更正処分は適法というべきである。

第四  結論

よって、原告らの本件請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六五条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官青栁馨 裁判官増田稔 裁判官篠田賢治)

別表(一)〜(四) 本件更正処分等の経緯〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例